大ヒット上映中の映画『8番出口』(川村元気監督、二宮和成主演)。無限に続く地下通路から、異変を見極めて脱出する……。このシンプルな物語に「哲学の補助線」を引くと、私たちの生き方そのものを問いかける深いメッセージが浮かび上がってきます。
今回は、映画の核となるメタファーを、ダンテ、ニーチェ、そして「哲学的なゾンビ」という概念から読み解いていきましょう。
1. 地下通路は「煉獄」である?――ダンテ『神曲』との共通点
映画の冒頭、ダンテの『神曲』の一節が登場します。「この門をくぐるものは一切の希望を捨てよ」。
- 煉獄(れんごく)とは: 地獄と天国の間にあり、罪を清める場所。
- 7つの異変と8番出口: ダンテが煉獄で7つの滞在(罪)を清めるように、主人公もまた地下通路で「異変(罪やトラウマ)」と向き合い、8番出口という「楽園」を目指します。
【ポイント】 この地下通路は、単なるホラー空間ではありません。主人公がこれまでの人生で見逃してきた「自らの罪や違和感」と向き合い、浄化するためのプロセスとして描かれているのです。
2. 永遠に繰り返す日々に意味はあるか?――ニーチェの「永劫回帰」
エッシャーの騙し絵やラベルの『ボレロ』のように、繰り返される地下通路の風景。これは私たちの日常のメタファーでもあります。
- ニーチェの永劫回帰: 「全く同じ人生が何度も繰り返される」という過酷な運命。
- 運命愛: ニーチェは、その無意味な繰り返しの中でさえ「これでよい」と自己肯定することを説きました。
地下通路から出るのが幸せか、それとも苦しみのないループの中で「哲学的なゾンビ」として生きるのが幸せか……。映画は私たちに究極の選択を迫ります。
3. 恐怖!あなたは「哲学的なゾンビ」になっていないか?
地下通路を無表情に歩き続ける「歩く男」。哲学者のチャーマーズは、外見や行動は人間と同じでも、内面的な意識(クオリア)を持たない存在を「哲学的なゾンビ」と呼びました。
- 体験の欠如: 何かに感動したり、違和感を抱いたりすることを忘れた状態。
- 日常という眠り: 「熟睡して気づいたら寿命を迎えていた」ような、意識のない人生の恐ろしさ。
【警鐘】 もしあなたが、毎日をただ漫然と過ごし、周囲の「異変」に気づこうともせず、思考を止めているとしたら……。すでに「8番出口」の地下通路に迷い込んでいるのかもしれません。
まとめ:哲学とは「日常の異変」に気づくこと
映画のエンディングは、観客である私たちの「人生のオープニング」でもあります。
「全ての壁は扉であり、その鍵はあなたの手の中にある」――ラルフ・ワルド・エマーソン
哲学を学ぶとは、当たり前の日常に「なぜ?」という問いを立てること。常識という名の地下通路から抜け出し、自分自身の「8番出口」を見つけるための鍵を、あなたも手にしてみませんか?
映画を観た後、あるいは観る前に!解説動画はこちら
動画では、二宮和成さんの演技の凄さや、映画オリジナル要素(ボレロやエッシャー)の深い意味について、さらに詳しく解説しています。物語をより立体的に楽しみたい方は必見です!



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