今回は「大学入試共通テスト2025にチャレンジ」について考えていきましょう。2022年度の高校生からは新学習指導要領による教育課程がスタートしました。そのため2025年の大学入試共通テストでは教科・科目に大幅な変更点があります。
日本の学習指導要領は、その時代の変化を見据えておおよそ10年毎に改訂されています。現代社会は、グローバル化の進展や技術革新など目まぐるしい変化が起こっているので、先を見通すことが難しいVUCAの時代になっているといえます。そこで新学習指導要領では、「予測困難な社会で必要となる、自ら課題を見つけ、自ら学び、自ら考え、判断して行動できる生きる力を身につけてほしい ―」という思いが反映されています。つまり「知識・技能」だけでな「思考力、判断力、表現力」なども含めた「資質・能力の三つの柱」をバランスよく育むことをめざしているのです。
当チャンネルに関わる「公民」の分野に関しては、これまでの「現代社会」の代わりに「公共」が必修として新設されました。そのため2025年のテストからは「倫理」だけの科目はなくなり、「公共・倫理」という科目を選択することが必要になりました。
問題作成方針としてすべての科目に共通している点は、
・「多面的・多角的に考察する」
・「多様な文書・データ・資料を用いて考察する問題を含める」ことがあげられます
また試作問題が提示されているのですがどの科目もページ数がかなり増えている印象です。設問数が変わったわけではないのでそれだけ問題文や資料が増えたということです。そのため「考察する力」を問うように作成された問題へと対応するためには、下記の3つの力が必要になるでしょう。
①前提となる知識
②主題に基づき、知識を組み合わせて判断する力
③資料を素早く読み解く力
それを踏まえた上で「公共・倫理」の試作問題を解説していくと、問題構成は大問が6つで設問数は全部で33問でした。第1問と第2問は公共分野でそれぞれ「多様性と共通性」「人口減少社会」が主題です。第3問から第6問は倫理分野でそれぞれ「源流思想・西洋近現代思想」「日本の思想」「現代の諸課題と倫理」「現代の諸課題と倫理・西洋近現代思想」が主題です。配点は「公共」で25点、「倫理」で75点となっています。
「公共」分野の出題では論理的判断力や情報処理の力を重視しているように思います。「倫理」分野の出題では教科書レベルの知識の定着度が重視されているように思います。新しい科目ではあるものの旧課程の「現代社会」「倫理」の内容を学習しておくことで、新科目「公共・倫理」の対策になることはまちがいないといえるでしょう。それでは早速いくつかの試作問題にチャレンジしてみましょう。問題文をじっくり考えたいときは動画を止めることをおすすめします。
第1問 公共分野
問1では「この思想を唱える哲学者」について問われています。問題文には「行為の善さは行為の結果にあるのではなく,多様な人々に共通している人格を尊重しようとする意志の自由にある」とあります。これはドイツ観念論のカントのことですよね。選択肢①の「アンガージュマン」は実存主義のサルトル、選択肢②の「イデア論」は古代ギリシアのプラトン、選択肢③の「共通善」は公共哲学のマイケル・サンデルなので、正解は選択肢④がカントについて述べたものだとわかります。「人格の尊重」や「訪問する権利」でピンときた方も多いかと思います。
第2問 公共分野
問1ではアリストテレスの正義について問われています。アリストテレスといえば「全体的正義」と「部分的正義」が有名です。全体的正義とは市民全体が法を守って正しい行為を行う状態を指します。部分的正義とは個別に起きるさまざまな状況に対応するものを指します。これには「配分的正義」「調整的正義」「是正的正義」の3つがあるとされています。「配分的正義」は各人の能力や業績に応じて比例的に分配される正義のことです。たとえば、能力や努力によって報酬が異なることは配分的正義に適うといえるのです。「調整的正義」は社会に生じた不正や歪みを調整することを指します。「是正的正義」は個人と個人の関係を正しく規制するためのものです。問題文には「一般的に給与などは,各人の能力や功績に比例して決められる」とあるので、これは「配分的正義」のことを示しています。また「法を守り,共同体の善を実現する」とあるので、これは「全体的正義」のことを示していることから正解は選択肢②となります。
第3問 倫理分野(源流思想など)
問1では近代科学を支えた自然観について問われています。これはガリレオやニュートンをはじめとする17世紀の科学革命を示しています。選択肢①は「自然を神の身体と考え」とあることからこれはスピノザの哲学、選択肢②は「生命的運動とみなす自然観」とあることからこれはアリストテレスの哲学、選択肢④は「宗教的な知見」とあることからこれは中世キリスト教の哲学なので、正解は選択肢③が近代の自然観について述べたものだとわかります。「チ。-地球の運動について-」を読むとこの頃の世界観がよくわかるかと思います。
問2では市民革命期の思想に大きな影響を与えた思想家の考えについて問われています。これは社会契約説の内容のことだとわかると思います。選択肢アは「自己保存の欲求を満たそうとするために戦争状態」とあるので、これはホッブズの『リヴァイアサン』のことです。選択肢イは「自然状態でも思いやりによって補正」とあるのですが、これはルソーの「あわれみ」のひっかけなのかなと思います。選択肢ウは「みずからの人格に対する所有権」とあるのでこれはロックです。選択肢エは「神から授けられたもの」とあるのでこれは王権神授説です。選択肢オは「自然権の一部を政府に信託することに自発的に同意する」とあるので、これはロックをはじめとする社会契約説のことです。選択肢カは「自発的な契約や同意によってではなく」とあるので、これは社会契約説における自然状態のことを示しています。市民革命に影響を与えた思想家はロックとルソーなのですが、選択肢の関係で正解はウとオが示されている③となります。
問4では古代ギリシアの哲学的世界観について問われています。この時代は世界の成り立ちを論理(ロゴス)で捉えようとしていました。選択肢①は「万物の元のものを水」とあるのでこれはタレスのことです。選択肢②は「火を生成流転の象徴」とあるのでこれはヘラクレイトスのことです。選択肢④は「世界の原理は見えない調和であり数と数における比例」とあるので、これはピタゴラスのことでありいずれも古代ギリシアの自然哲学者たちのことです。そのため正解は選択肢④となります(おそらく荘子の万物斉同でしょうか?)
問6は「死に関する考え」について問われています。問題文には「この身体は泡のようなもの」「世の中は蜃気楼のようである」、また「心がそれに執着」とあるのでこれは仏教の「空」の教えを示しています。そのため正解は仏教の開祖ブッダについて言及している選択肢③となります。
問7はニーチェのニヒリズムについて問われています。ニーチェはキリスト教の道徳をルサンチマンであるとして、「神は死んだ」「生きる意味などない」と語ったことで有名な実存主義の哲学者です。そのため選択肢イの「神の摂理に導かれて目的に向かって進むという信仰が失われた」「世界の出来事や人生の意味が見失 われてニヒリズムが到来」の部分がこれにあたります。
問8は20世紀の思想家について問われています。これは主に実存主義の哲学者のことを示していると考えられます。選択肢アは「神の無償の愛である恩寵」とあるので、これは中世キリスト教アウグスティヌスのことです。選択肢イは「世界の中に投げ込まれ死へと向かう存在」とあるので、これは実存主義のマルティン・ハイデガーの哲学です。ハイデガーの哲学は難解ですがこちらの記事を見ればバッチリ理解することができますよ。
選択肢ウは「私は何を知るか」とあるので、これは「ク=セ=ジュ」で有名なモンテーニュのことです。選択肢エは「限界状況にぶつかって挫折」とあるのでこれは実存主義のヤスパースです。そのため正解は選択肢③だとわかります。
第4問 倫理分野(日本の哲学)
問2では法然の哲学について問われています。法然といえば浄土宗であり善導を高祖としている宗教です。念仏によって阿弥陀如来による救いをもとめる他力本願の思想を広め、弟子は「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」で有名な歎異抄の親鸞です。選択肢にある龍樹はインド(仏教)の高僧であり正機は親鸞の悪人正機、また『往生要集』といえば源信(空也は浄土信仰の先駆者)なので正解は⑥です。
第5問 倫理分野(現代の課題)
問4では人間の発達について問われています。選択肢アは「一般化された他者からの期待を身につけていく」とあるのでこれはミード。選択肢イは「客観的で多面的なものの見方…具体的な事象を超えた抽象的思考が可能」とあるのでこれはピアジェの発達段階論。選択肢ウは「乳幼児期に子どもと養育者との間で愛着(アタッチメント)」とあるので、これは愛着理論のボウルビイ(らしいです…)。選択肢エは「現実の社会の規則を超えたより普遍的な道徳原理」とあるので、これはコールバーグなので正解は選択⑦となります(問題がマニアックすぎますね…)。
第6問 倫理分野(現代の課題)
問1では女性参政権を獲得することに尽力した19世紀の哲学者について問われています。これは女性参政権を掲げてイギリス下院議員に当選したJ・S・ミルのことです。ミルといえばベンサムと並ぶ「功利主義」の哲学者であり「自由論」が有名です。選択肢④は「人間は自由なものとして生まれいたるところで鎖につながれている」とあるのでこれはルソーの『社会契約論』です。選択肢②と③は…ごめんなさい、わかりませんでした(コメントで教えてください)。選択肢①はミルの自由論における「危害原理」に関する一節なので正解はこれです。
問4は女性解放を唱えた哲学者とその思想について問われています。問題文には「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」とあるので、これはサルトルの妻であるポーヴォワールのことです。またこの言葉は女性という性が社会的・歴史的につくられたものであると指摘しています。そのため正解は選択肢⑤です。
問5は政治哲学に関わる哲学者について問われています。選択肢アは「多様な立場の人が対等に討議し議論を深める場」とあるので、これはコミュニケーション論のハーバーマス。選択肢イは「の人が自分の可能性を広げる社会を実現」とあるので、これは人間の潜在能力を開発することを唱えたアマルティア・セン。選択肢ウは「個人の自由への不当な侵害」とあるので、これはリバタリアリズムのロバート・ノージックなので正解は選択肢②です。
問5は問4の哲学者の思想を手掛かりに答える問題となっています。このような問題の形式は旧センター試験と大きく異なるポイントですよね。選択肢①は「多様な背景をもつ人々のコミュニケーション」とあるので、これはハーバーマスの考え方をもとにしています。選択肢②は「それぞれの可能性を生かすことができるようになること」とあるので、これはセンの考え方をもとにしています。選択肢④は「政府が中心になって進めることは…自由意思をないがしろ」とあるので、これはノージックの考え方をもとにしています。そのため正解は選択肢③となります。「地域住民が祭りの担い手として伝統を守り伝えていく」とあるので、この設問では視点が地域住民に限定されすぎているところが誤りであるといえそうです。
まとめ
今回は「大学入試共通テスト2025にチャレンジ」について紹介しました。全ての問題は紹介できませんでしたのでぜひ皆さんもチャレンジしてみてください。約20年前に受けた旧センター試験では倫理など選択することもなかったのですが、YouTubeの活動を通して哲学の面白さを発信することができるようになりました。今回は実際にこれまで学んだ知見だけを元に問題を解いてみたのですが、結果は6問不正解の82点でした。やはり公共の部分と知らない資料が出てくる問題は難しかったです。でも受験勉強をしなくてもけっこうできたような気がするので満足しています。受験生の皆さんはぜひ前回のこの動画を見て倫理の勉強をしてみてください。
「哲学は何の役にも立たない」と思われがちですが、現代社会を生き抜くためのヒントが哲学の中にはたくさんあるのです。硬貨を捧げればパンを得られる、税を捧げれば権利を得られる、労働を捧げれば報酬を得られる、なら一体何を捧げればこの世の全てを知れる?『チ。-地球の運動について-』はこの言葉で始まりこの言葉で終わりを迎えます。ぜひその答えをこれからも一緒に探していきましょう。本日の旅はここまでです。ありがとうございました。
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